この季節になると、庭には次々と草が生えてきます。少し放っておくだけで伸び放題になってしまうので、草刈りはなかなか大変です。私も毎年、「また草刈りか」と気が重くなります。
先日、散歩の途中で、いつも立ち寄る神社の境内で草刈りをしているご夫婦を見かけました。こういう方々がいるから、神社はいつもきれいに保たれているのだなあと感謝の気持ちが湧きました。
しばらく眺めていると、不思議なことにお二人がとても楽しそうなのです。イヤイヤ草刈りをしている私とは大違いでした。
そんな折、いつもお参りしている寺院の広報誌で、「遊ぶ」という題のエッセイを読みました。そこには、ある学生が禅宗の老師に「人生の目的とは何ですか」と尋ねたところ、老師が「ただ遊ぶんじゃな」と答えたという話が紹介されていました。
もちろん、好き勝手に遊び回るという意味ではありません。禅では、仕事も遊びも区別せず、目の前のことに無心に打ち込むことを大切にするそうです。掃除や洗濯、薪割り、畑仕事、読経に至るまで、すべてが「修行」であり、「動く座禅」なのだといいます。
好き嫌いや楽苦を超えて、今していることに全身全霊で向き合う。その境地を「遊ぶ」と表現しているのでしょう。苦労を避けるのではなく、苦労も含めて今この瞬間を味わい、楽しむ姿勢です。
人生は苦労の連続です。だからこそ、長い道中には「遊び心」が必要なのかもしれません。上機嫌に生きようと心掛けることで、不思議と物事も良い方向へ向かっていくのでしょう。
神社の境内で楽しそうに草刈りをしていたご夫婦は、まさにその境地に達していたのではないか。そんなことを思いながら、私も少しだけ草刈りへの向き合い方が変わった気がしました。
コメント
コメントを投稿