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3月, 2026の投稿を表示しています

私は誰ですか?

健康診断が無料で受けられるという通知が来たので、インターネットで登録して受診しました。腎臓、肝臓、大腸、前立腺、肺など、一通りの検査が用意されています。体重、身長、検尿、検便、レントゲンと順に受けていきますが、そのたびに書類を書きます。住所、生年月日、電話番号、日頃の健康状態など、似たような内容を何度も記入することになります。 検査を受ける前には、毎回、名前と生年月日を言わされます。本人確認を厳重にしているのだろうと思いますが、指紋認証などでもっと簡略化できないものかと感じました。文字を書くことに慣れていない人にとっては、かなりの負担ではないでしょうか。最初にマイナンバーカードで本人確認をしているのですから、それで十分ではないかとも思います。 一方で、インターネットの世界では事情が逆です。たとえばアマゾンで買い物をするときや、SNSやメールを登録するときは、ほとんどの場合パスワードだけで本人確認が行われています。本当は住所や生年月日を入力させた方が確実なのでしょうが、個人情報が漏れることを恐れて入力させないのだと思います。 パスワードは、コンピューターのタイムシェアリングシステムが登場した1960年代から半世紀以上使われている、きわめて単純な認証の仕組みです。そしてハッキングの多くは、パスワードを盗まれることから始まります。パスワードに頼っている限り、サイバー犯罪はなかなか減らないのではないかと思います。 「あなたは誰ですか」と聞かれたとき、私はこういう者です、と自分で説明するのは案外むずかしいものです。しかし、インターネットで自分の名前を検索してみると、かなり詳しく私のことを説明してくれます。AIは、もしかすると私自身よりも私のことをよく知っているように思います。 AIがこれほど進歩しているのですから、もっと確実な本人認証の仕組みができないものだろうかと思います。顔、声、虹彩、筆跡、指紋、静脈、DNAなど、方法はいくらでも考えられます。しかし同時に、もし私になりすました偽物が現れたらと思うと、少し恐ろしくもあります。実際、SNSではすでに私の名前を使った偽物らしいものを見かけることもあります。 現実の世界では厳重すぎるほど本人確認をするのに、インターネットでは驚くほど簡単に済ませてしまう。その違いに、時代の不思議を感じました。これほどAIが発達している時代ですが、...

ホトケノザと戦争

ホトケノザという春の草がある。春の七草の一つのホトケノザとは種類が違うようだが、こちらの方が名が体を表している。花を仏に見立てると、葉の部分が蓮華座のように見えて、念仏を唱える仏様のように見える。散歩をしているとどこにでも生えているのだが、それを抜いてきて庭に植えてもすぐに枯れてしまう。人が与えた場所なんて住めない。住むところくらい自由にさせてくれと言っているようだ。思ったより自己主張が激しいのかもしれない。 イランが攻撃されている。突き詰めれば原因は土地問題だ。何もなければ静かに暮らしてられたのに一部の政治家の介入で爆弾を落とされて何百人もの子どもたちが命を落としている。国のため、民族のため、経済のためと言っているが、トランプは命を落とした何百人の子どもたちの遺骸を見て心が痛くならないのだろうか。国際法というものがあるそうだ。戦争では人を殺しても良いのだそうだ。勝手に自分たちの都合で法律を作って人を殺して良いのか。 トランプは、世界で最も大きな国のトップだ。なんでも出来る。でも彼の心は私利私欲、経済、選挙が渦巻いていて貧しいものだ。いのちのことを考えているお寺の住職、街をきれいにする清掃員、病人を治してくれる医者、介護してくれる人、学校の先生、そんな人たちのほうが余程、心は豊かで美しい。子どもを殺してもなんとも思わないトランプを私は決して許さない。 イランやイスラエルにホトケノザの種をまいて茂らせたい。なくなったたくさんの小さな子どもたちのために手を合わせたい。
 初めてChromebookを外に持ち出して使ってみた。ポケットWiFiがないので、iPhoneのテザリングでやっている。文字を打つくらいなら特に問題ない。でも、通信ができないときに備えてオフラインで使う方法を調べている。どうやらTEXTというデフォルトのテキストエディタがあるらしい。ローカルにハードディスクもあるようなので文章をそこにためていくということが可能だと分かった。 今日は、白山道の白山神社のベンチで書いているが、散歩していると所々に公園があってありがたい。しかも、ほとんど人がいない。独り占めである。日本は平和だなあ、と思う。こういう小さな幸せが味わえる国が本当に良い国になのだろう。海の向こうでは、つまらないエゴが原因の戦争が始まっている。愚かなことだ。 お寺の和尚さんがこんなことを言っていた。 <放てば手に満てリ 一多のきわならむや> 道元禅師の正法眼蔵の一節だそうだ。執着を捨てれば真理が手に満る、全体と個の区別のない自由の境地になる。私利私欲だけでドローンで子どもたちを殺しているトランプは、どんなことを考えているのだろうか。

中古のChromebookを買う

  ブックオフに行ったついでにハードオフを覗いてみたらASUSのChromebookの新しそうなものが売られていた。衝動買してしまった。10年以上前の機種だが何とか使える。ChatGPTやGeminiは使えないがブラウザは普通に使える。この日記もそれで書いている。快適だ。これからはChromebookを持っての散歩もありかなと思う。中国製だが良くできていると思う。中国を蔑んでいる人がいるがモノ作りは中国がダントツだ。尊敬に値する。 外で調べ物をするくらいなら十分な機能だ。電池もヘタってなく10時間も持つ。掘り出し物だった。7000円で買ったが、メルカリでは4000円で売られていた。定価は3万以上なので、まあ良いかと自分を慰めた。 それでネットサーフィンをしていたら、プレゼン用のレーザーポインターの安いのが見つかった。これもポチッとやってしまった。画面操作も出来るのでこれも優れものだ。2000円くらい。これからプレゼンの機会が増えそうだ。人に物事をどのように伝えるかを学んで行きたい。 元日本テレビアナウンサーの福澤朗氏のプレゼンはキャッチボールという言葉が心に残っている。考える、まとめる、表現する、伝えるということで物事は完結する。おもしろい。