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20250516/ようやく風邪が退散

 4月26日、辻堂のお寺で会合があって食事をした帰りに喉に違和感を感じた。食事している時は、ハンバーグは美味しかったし気分も良かった。次の日になると、咳が出て鼻水も激しくなった。いつも血圧の薬をもらっている内科の先生に診てもらって薬を出してもらった。1週間くらい飲んでいたが一向に良くならない。かえって咳が激しくなって夜も眠れない。

しかたなく、耳鼻科に行くことにした。耳鼻科では、山ほど薬を出してくれた。内科に行っても治らない、と話したら、餅は餅屋、うちは血圧は下げられないが、風邪だったら任せておきなさいと言われた。耳鼻科の薬はよく効いた。何日かするとすっかり良くなり食欲も出てきた。さすが耳鼻科だと思った。晩酌ができるくらい回復したので、いったん薬をやめた。

これで治るのかなと思ったが、数日して、ぶり返した。体がだるい、食欲なし、胸がゼイゼイ。それからが長かった。この状態が1週間以上続いた。このようなときは体の恒常性がすべておかしくなる。肺をやられているので酸素の供給ができない、食欲がない、小便大便が出にくい。

体が悪いと精神にも影響が出る。何もやる気がしない、日記も書く気が起こらない。耳鼻科でもらった薬を飲み切った頃に良くなってきた。まず、胸のゼイゼイがなくなった。お通じが回復した。食欲も出てきた。散歩にも行く気力が出てきた。散歩で草花に励まされながら日記が書けるようになった。

今回の教訓は、一人の医者がすべての病気を治せる訳ではない、得意不得意があるということ。治ったと思っても油断してはいけない、完全に治るまで医者の言われた通り薬を飲み切ること。治ろうとする気持ちを持つこと、病は気からという諺があるがそれである。

草花は春夏秋冬を通して元気にしているが、暑さ寒さ、日照りや害虫の攻撃など、生きるために彼らなりに努力しているのではないか。人の体も自然の一部ということは、漢方の先生に教えてもらった。生物の生命維持や健康を維持するためには人知れず努力が必要だなあと思った。元気付けてくれた道端の草花たちに感謝である。


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