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8月, 2025の投稿を表示しています

戦後80年に観た『ひまわり』

戦後80年という節目のせいか、最近はテレビで戦争映画がよく放映される。YouTubeで断片的に目にしたことのあった『ひまわり』も、通しで観たいと思っていた一本だ。今回、TVKで放送されたのを録画し、ようやくじっくり味わうことができた。 第二次世界大戦中、ナポリに住む若い女性ジョバンナ(ソフィア・ローレン)は、陽気で自由奔放なアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)と恋に落ち、結婚する。だが戦況が悪化し、アントニオはソ連戦線へ送られてしまう。戦後になっても彼は帰らず、ジョバンナは夫が生きていることを信じて極寒のソ連へ渡る。ひまわり畑の広がる地で、ついにアントニオの消息を知るが、彼は現地の若い女性マーシャ(リュドミラ・サベリーエワ)と家庭を築き、子どもまで授かっていた。 すべてを悟ったジョバンナは、深い悲しみを胸にイタリアへ戻り、やがて別の男性と家庭を持つ。ラスト、ナポリの駅でジョバンナとアントニオは再会する。互いに心は通じ合っている。だが、戦争が引き裂いた人生を取り戻すことはできない。二人は静かに別々の道を選ぶ。 ストーリー自体はシンプルだ。しかし、ヘンリー・マンシーニのテーマ曲をバックに映し出されるシーンは息をのむほど美しい。ウクライナのひまわり畑、凍てつく戦場、ナポリの陽光との落差。至るところに「戦争の悲惨さ」が埋め込まれている。ソフィア・ローレンの演技は圧倒的で、美しさと同時に、愛に突き動かされる女の情念の怖さすら感じさせる。もしこんな女性を連れ合いに持ったら、幸せなのか、それとも恐ろしいのか──観終わってからもそんなことを考えさせられる。 「戦争さえなければ」という思いが、ラストシーンの余韻とともに胸に迫る。『ひまわり』は、55年前の映画だが、戦後80年を迎えた今だからこそ、改めて観る価値のある映画だと感じた。

戦争を知らない私と『火垂るの墓』

2018年に高畑勲が亡くなった時に追悼で放映されて以来、7年ぶりに『火垂るの墓』をテレビで観ることができた。1945年、私が生まれるわずか10年前の出来事だ。このアニメがなかったら、日本がかつてそんな状況にあったとは知らなかったかもしれない。平成生まれの子どもや令和生まれの孫たちにとっては、まったく想像もできないことが、同じ日本の地で確かに起こっていたのである。 戦後生まれの私には、戦争の記憶はない。父も多くを語らなかった。叔父がシベリアに抑留されていたので、その話をわずかに聞いたくらいだ。とはいえ、叔父も悲惨な話は避けた。代わりに「馬糞を間違えて食べた」とか「電気ケーブルを溶かしてスプーンを作った」といった、どこか笑ってしまうような逸話を語っていた。 幼い頃の記憶の中に、横浜へ向かう途中の大岡川沿いに焼け焦げた黒いものが残っていた風景があった。おそらく5、6歳のころだ。子ども心に「汚くて嫌だ」と感じたその景色は、長い間そこにあったように思う。今では桜が植えられ、花見の名所となっているが、あの黒いものは戦争の残骸だったのかもしれない。 家の裏には防空壕が残っている。朝鮮の人に頼んで掘ってもらったものらしい。6畳ほどの広さで、夏でも20度ほどに保たれ涼しいので、電気を引き込み、本を読む場所として使っていた記憶がある。別の山の斜面には「みかん掘り」と呼ばれる穴があり、父の話によれば、そこに海水をためて塩を作ったこともあったそうだ。『火垂るの墓』で海水を瓶に汲む場面を見たとき、父の話と重なった。 井戸も二つあった。一つは飲用や米を研ぐために、もう一つは風呂用に。子どもの頃は、その井戸水を薪で沸かした風呂に入っていた。薪は定年退職した祖父が山から集めてきたものだ。 今では、ガスも水道も電気も揃っている。ボタンひとつでお湯が出て、風呂に入れる。暑ければエアコンを押せば部屋は涼しくなる。 けれど、ふと思う。こうした生活は本当に「当たり前」なのだろうか。戦争や地震でライフラインが途絶えたら、私たちの暮らしはどうなるのだろう。そんな不安を抱きながら、私は今日もエアコンの効いた部屋で、この文章を打っている。

トラブルが多いWindowsPC

  ノートPCを持ち出して自宅に戻って電源を入れたら、HDMIケーブルをつなぐとPC本体のディスプレイしか映らなくなる。ディスプレイドライバーをいったん削除して再インストールしたが直らない。いろいろやってみたが結局ダメ。Windowsキー+Pを押すと表示モードを切り替えることができる。複製にしてから拡張にすると正常に戻った。いったい何だったのか。WindowsPCはこんなことが多い。Macを数十年使っているが、こんなことは一度もなかった。Windowsを使い始めてまだ、4か月だ。先が思いやられる。